再生可能エネルギーのさらなる普及を目指してペロブスカイト太陽電池の研究が盛んに行われていますが、近年特に注目されているのがスズペロブスカイト太陽電池です。本記事では、スズペロブスカイト太陽電池の仕組みやメリット・課題について、初めて聞く方にも分かりやすいようにやさしく解説します。
スズペロブスカイト太陽電池とは?

出典:NEDO
スズペロブスカイト太陽電池は、次世代の太陽電池として注目されているペロブスカイト太陽電池の一種です。ペロブスカイト太陽電池とは、特定の結晶構造を持つ材料(ペロブスカイト構造)を使った太陽電池で、高効率・低コスト・製造の簡便さが特徴です。また、フィルムのように柔軟に曲げることができるのも大きな特徴です。
しかし、従来のペロブスカイト太陽電池には鉛(Pb)が含まれており、環境への悪影響が問題視されていました。そこで、鉛の代わりにスズ(Sn)を使用することで環境負荷を低減し、持続可能なエネルギー技術としての可能性を広げる研究が進められています。
スズペロブスカイト太陽電池の仕組み

出典:東芝
本項では、スズペロブスカイト太陽電池の仕組みを基礎から解説します。
ペロブスカイト太陽電池の仕組み
まず、通常のペロブスカイト太陽電池の仕組みを簡単に解説します。
ペロブスカイト太陽電池は、光を吸収して電気に変える層(光吸収層)にペロブスカイト構造(ABX₃型)を持つ材料を使ったものです。この構造により、高い光電変換効率を実現できます。従来のシリコン太陽電池と同等か、またはそれ以上の発電性能が期待されています。
ペロブスカイト太陽電池の基礎知識については、こちらの記事も参考にして下さい。
ペロブスカイト太陽電池にスズを使う理由
従来のペロブスカイト太陽電池では「鉛(Pb)」が使われていましたが、鉛は環境や人体に悪影響を及ぼす可能性があり、過去にも問題になったことがありました。そこで、鉛の代わりに「スズ(Sn)」を使用することで、環境にやさしい太陽電池を作ることができると期待されています。
新たに生み出された「2D/3D混合型」の構造
元々ペロブスカイト太陽電池には、以下のような2種類の構造がありました。
- 3Dペロブスカイト:電気をよく流し、高効率な発電が可能だが、湿気や酸素に弱い。
- 2Dペロブスカイト:3Dペロブスカイトよりも安定しているが、電気の流れが悪く効率が低下しやすい。
ご覧の通り、それぞれにメリットとデメリットがあります。そこでスズペロブスカイト太陽電池では、2D/3D混合型という新しい仕組みが導入されました。2D/3D混合型のスズペロブスカイト太陽電池では、3D構造の高効率性と2D構造の高安定性を組み合わせることで、効率と耐久性を両立しています。
スズペロブスカイト太陽電池のメリット
スズペロブスカイト太陽電池は、通常のペロブスカイト太陽電池と比べてどのようなメリットがあるのか見てみましょう。
高い発電効率
スズを使ったペロブスカイト太陽電池は、従来の鉛系ペロブスカイトに匹敵する高い光電変換効率を持ち、将来的にはシリコン太陽電池を超える可能性があります。
環境への負荷が少ない
鉛を使用しないため、環境への悪影響を抑えることができます。特に、太陽電池が廃棄されたときに有害物質が流出するリスクが低くなります。
耐久性の向上
2D層が3D層を覆うことで、水分や酸素による劣化を防ぐことができ、デバイスの寿命を延ばせる可能性があります。
太陽光の利用効率の最適化
2D層と3D層の割合を調整することで、光を吸収する波長を調整し、太陽光の利用効率を向上させることができます。
スズペロブスカイト太陽電池の課題
今後、スズペロブスカイト太陽電池が普及するために克服が求められている課題を解説します。
効率の安定性
スズ系ペロブスカイト太陽電池は、発電効率が高いものの、時間とともに性能が低下しやすいという問題があります。この課題を解決するため、材料の改良や保護膜の研究が進められています。
大面積化が難しい
現在、スズペロブスカイト太陽電池は小さな面積では高効率を実現できますが、大きなパネルを作る技術が確立されていません。量産化のためには、より大きな面積を持った製品が必要で、大面積化に向けた技術開発が進められています。
製造コスト
スズペロブスカイト太陽電池は、従来のペロブスカイト太陽電池よりも複雑な構造をしているため、製造コストがかかります。コストダウンのためには製造工程の最適化が必要であり、コストを抑えるための研究が続けられています。
スズペロブスカイト太陽電池の最近の動向
ここでは、国内におけるスズペロブスカイト太陽電池の最近の研究結果をご紹介します。
京都大学による変換効率の強化
2022年、京都大学の研究チームは、スズを含むペロブスカイト太陽電池で当時世界最高の23.6%の変換効率を達成しました。
ペロブスカイト太陽電池は、特定の結晶構造を持つ材料を使った太陽電池です。従来のペロブスカイト太陽電池には鉛が使われていましたが、環境への悪影響が懸念されていました。そこで、鉛の代わりにスズを使うことで、環境に優しい太陽電池の開発が進められています。
しかし、スズを使ったペロブスカイト太陽電池は、膜の品質を保つことが難しく、性能が低下しやすいという課題がありました。京都大学の研究チームは、ペロブスカイト薄膜の上下の表面を特定の分子で修飾する技術(パッシベーション法)を開発し、この問題を解決しました。これにより、電圧の損失を理論限界まで低減し、高い変換効率を実現しました。パッシベーション法のイメージ図は以下の通りです。

引用:京都大学化学研究所
この成果は、将来的に鉛を含まない環境に優しい太陽電池の実用化や、より高効率な太陽電池の開発に貢献すると期待されています。
参考:京都大学化学研究所
また京都大学の研究チームは、2024年12月にスズを含む新しいタイプのペロブスカイト太陽電池の開発に成功しました。
今回、研究チームは鉛の代わりにスズを使用し、さらに「フェニルアラニン」というアミノ酸を添加することで、高品質なペロブスカイト層を作る方法を開発しました。これにより、環境に優しく、効率の良い太陽電池の実現が期待されます。
さらに、この技術を使って複数のペロブスカイト層を組み合わせた「多接合型(タンデム型)太陽電池」を作製し、発電効率29%以上を達成しました。以下はイメージ図です。

引用:京都大学
これらの研究結果は、将来的により効率的な太陽電池の実用化に向けた大きな一歩となるでしょう。
参考:京都大学
また、タンデム型太陽電池については、こちらの記事も参考にして下さい。
筑波大学による性能向上の研究
2025年1月には、筑波大学の丸本教授らの研究チームが、スズを使ったペロブスカイト太陽電池の性能が向上する仕組みを解明しました。
ペロブスカイト太陽電池は、高い効率で電気を作ることができるようになってきましたが、発電の安定性や長寿命化が課題とされていました。また、スズペロブスカイト太陽電池は環境に優しい設備として注目されていますが、性能向上のメカニズムが十分に理解されていませんでした。
研究チームは、電子スピン共鳴という方法を使って、太陽電池が動いているときの内部の状態を詳しく調べました。その結果、光を当てない状態では、正孔輸送層からRPペロブスカイトへ正孔が拡散し、これが電子の逆流を防ぐエネルギー障壁を作り、性能向上につながることが分かりました。また、光を当てた状態では、RPスズペロブスカイトから正孔輸送層へ電子が移動し、これがさらにエネルギー障壁を高くし、デバイスの効率を向上させることが分かりました。
この研究により、スズペロブスカイト太陽電池の性能向上の仕組みが明らかになり、将来的に高効率で長寿命な太陽電池の開発に役立つと期待されています。
参考:筑波大学
今後の展望
スズペロブスカイト太陽電池は、その高効率と環境負荷の低さから、次世代の太陽電池として期待されています。今後の研究によって、以下のような進展が予想されます。
- さらなる安定性の向上:材料の改良や保護技術の進展により、長期間の使用が可能になる。
- 量産化技術の開発:大面積化の技術が確立され、実用化が進む。
- コスト削減:製造プロセスの最適化により、安価で高性能な太陽電池が普及する。
このような技術革新が進めば、スズペロブスカイト太陽電池は環境に優しく、効率の良いエネルギー源として、私たちの生活を支える重要な存在となるでしょう。
まとめ
スズペロブスカイト太陽電池は、従来のペロブスカイト太陽電池と比べて環境負荷が低く、高い発電効率を持つ次世代のエネルギー技術です。特に2D/3D混合型の構造を取り入れることで、効率と安定性を両立させる研究が進んでいます。しかし、まだ長期安定性や量産技術、製造コストといった課題が残されており、今後の技術開発が鍵となります。
この技術が実用化されれば、持続可能なエネルギー社会の実現に向けた大きな一歩となるでしょう。