地熱発電の新しい技術「クローズドループ」が注目されています。さまざまな問題によってなかなか開発が進まない日本の地熱発電ですが、クローズドループは将来の日本の新たなベースロード電源となり得る画期的な技術です。この記事では、そんな地熱発電の新技術「クローズドループ」を分かりやすく解説します。
地熱発電の新技術「クローズドループ」とは?
クローズドループは、一般的な地熱発電のように地熱貯留層(高温の蒸気が貯まっている層)を使わずに、地下数千メートルの深い部分に設置した密閉型パイプ内で流体を循環させ熱を抽出する次世代技術です。
従来型地熱発電の課題である地域依存性や環境負荷を克服し、地震誘発リスクまでも回避できるのです。クローズドループは、信頼性が高く安定したエネルギー供給を可能にする技術として、エネルギー市場の新たな基盤を築いていくと期待されています。
そもそも従来の地熱発電では、地熱がたくさんある場所を見つけるのが大変で、時間や資金がかかるという問題がありました。また、地熱発電に適した場所のほとんどが国立公園や温泉地にあるため、開発が難しいことも課題でした。クローズドループは、それらの問題も克服できる可能性を秘めています。
地熱発電の基礎知識について知りたい方は、こちらの記事も参考にして下さい。
クローズドループのしくみ
クローズドループの技術を開発したのは、カナダのEavor(エバー)社です。 彼らのシステムは「Eavor-Loop(エバーループ)」と呼ばれ、以下のような仕組みになっています。
- 地下深く(数千メートル)まで掘削し、そこにループ状のパイプを設置します。
- パイプの中に水を流し、地下の熱で温めます。
- 温まった水は地上に戻り、その熱を使って発電します。
- 冷えた水を再び地下に送り、また温めるというサイクルを繰り返します。
クローズドループのイメージ図は、以下の通りです。

引用:中部電力
この方法なら、地熱が少ない場所でも利用できるため、特定の地域に依存しない発電が可能になります。また、地下水や温泉を直接汲み上げないので、環境への影響もほとんどありません。
クローズドループのメリット
クローズドループには、これまでの地熱発電と比べて以下のようなたくさんのメリットがあります。
- 発電できる場所が増える
- これまでの地熱発電は、最低でも約200℃の高温の水蒸気が必要で、発電に適した場所を見つけるのが大変でしたが、クローズドループならばそこまでの高熱は必要なく、熱源があればどこでも設置できます。
- 日本国内では高温の蒸気が得られる場所が国立公園や温泉地に多く、開発の支障となっていましたが、クローズドループならば国立公園や温泉地に頼らなくても発電が可能になります。
- 開発期間が短い
- 従来の地熱発電では、場所探しや掘削に10年以上かかることもあり、掘削しても必ず発電が成功するとは言えないため、開発リスクが非常に高いという欠点がありました。
- クローズドループならば場所の選択肢が広いため、熱源さえあれば比較的短い開発期間で設置できます。
- 環境に優しい
- クローズドループは発電に地下の水は使わないため、温泉の枯渇を心配する必要はありません。
- 地下で圧縮されている高圧の蒸気を取り出す必要がなく、地下の圧力を変えないため、地震の原因になるリスクも低いです。
- 効率的なエネルギー利用ができる
- クローズドループではエネルギーを使わないときは地下に熱を蓄えて、電力需要が高いときに発電することができます。
- 電力の調整ができる発電システムとして注目されており、発電エネルギーのロスが減って、電力の供給がより安定します。
クローズドループの課題と今後の展望
メリットがたくさんあるクローズドループ技術にも以下のような課題があり、今後の普及を進めるためには克服しなければなりません。
- 掘削費用
- 地下数千メートルもの深さまで掘るため、建設コストが高く、初期投資が高額になります。
- 技術の進歩によって、年々少しずつコストが下がっています。
- 日本の地質への対応が必要
- 日本の地下の岩盤は複雑なため、海外の掘削技術をそのまま活用できるのか疑問視されています。
- 効率的に掘削するためには、日本の地下岩盤に合った掘削技術を開発する必要があります。
クローズドループの現在の状況について
現在、カナダやアメリカ、ドイツなどでクローズドループの実証実験が行われています。日本でも、エネルギー企業や投資家がこの技術に注目しており、将来的にはクローズドループが地熱発電の新たなスタンダードになるかもしれません。
この技術を開発したエバー社(Eavor社)は、これまでに次のような3つのプロジェクトを進めました。
エバー社のプロジェクト

引用:エバー社公式サイト
上に示す画像は、エバー社が開発したエバーループの概念図です。左がプロトタイプ、中央がやや高出力なエバーループ1.0、右が最も高出力なエバーループ2.0です。
エバー社が実施した最初のプロジェクトでは、2019年にカナダのアルバータ州で「エバーライト」という小規模な実験用の発電施設を作りました。これはクローズドループの仕組みが本当に機能するのか検証するためのものでした。エバーライトの施設の様子が以下のように公式サイトで公開されています。

2022年には、アメリカのニューメキシコ州で「エバーディープ」というプロジェクトを行いました。これは、エバーライトよりも地中深く掘って、より高温の熱を取り込めるか検証するものでした。
2022年には、ドイツの有料商業用(実際に電力を供給するための)発電所「エバーループ」の建設が始まりました。これがクローズドループ技術を活用した初めての本格的な発電所です。2023年3月には、欧州イノベーション基金(EIF)から9,160万ユーロ(約128億円)の補助金を獲得しました。このプロジェクトでは、電気を作るだけでなく、周辺の家庭や施設に暖房用の熱も供給できます。 さらに、年間44,000トンの二酸化炭素(CO2)を削減できると考えられています。
ドイツでは、今後さらに複数の地域でクローズドループの技術を使った発電所の建設が検討されています。
日本の中部電力の取り組み

引用:中部電力
クローズドループ技術には日本の企業も関心を持ち始めています。日本の中部電力は、2023年にエバー社の株を取得する契約を結びました。これは、日本の企業が海外の地熱技術を持つ企業に初めて投資するケースです。
中部電力は、エバー社を通じてドイツのミュンヘンの南部にクローズドループ技術を活用した地熱発電所を建設する予定です。発電出力は約8.2MW(熱出力約64MW)で、地下およそ5,000mにクローズドループを掘削・設置し、ループ内に水を循環させることで、地下熱を地上まで効率的に取り出し、発電や地域への熱供給を行う計画です。
中部電力がエバー社からクローズドループの技術を習得することで、将来的に日本国内の地熱発電への還元が期待されます。
現在の日本ではバイナリー発電の新規導入が増加中
地熱発電において、クローズドループに先駆けて導入されているのが、バイナリー発電です。
バイナリー発電もまた、従来の地熱発電よりも幅広い地域で発電が可能な施設ですが、発電するためには水蒸気の他にもう1つの触媒が必要で、水蒸気よりも低温で蒸発するペンタンなどの物質が使用されています。2種類の蒸気を使用するため、バイナリー発電という名称で呼ばれています。
バイナリー発電は、日本政府によって「新エネルギー」の1つに指定されており、こちらも将来のエネルギーの中で重要な位置を占めると期待されている技術です。
バイナリー発電については、こちらの記事も参考にして下さい。
まとめ
クローズドループは、非常に深い地下の熱を使って発電する新しい技術で、環境への影響が少なく、場所を選ばずに導入できるのが特徴です。従来の地熱発電の課題を乗り越え、日本のエネルギー問題を解決する可能性を持っています。
日本の企業も技術の導入に力を入れ始めており、政府の後押しもあって、近い将来に国内でもクローズドループ方式の地熱発電が導入されそうです。
元々日本には世界第3位の地熱ポテンシャルがあり、地熱発電の開発を進めることは、未来の電力事情に大きな影響を与えることは間違いありません。
地熱発電が新たなベースロード電源として活躍する日が来れば、近年の危機的な電力状況が大きく改善されるかもしれません。期待して待ちましょう。