水素社会の実現を加速化するという議論が2023年5月の広島サミットで実施され、話題になりました。
水素は以前からごくありふれた存在でしたが、近年では化石燃料に代わる次世代エネルギーとして注目されています。
しかし「水素社会」と聞いても、一体どんな社会なのか、まだ明確なイメージを持てない方が多いのではないでしょうか。
この記事では「水素社会とは何か?」ということから、水素エネルギーのメリットや課題、実用例などをご紹介します。
初心者の方にも分かりやすいように、できるだけ簡単な言葉で解説していますので、水素社会に興味を持つきっかけとしていただければ幸いです。
なぜ水素社会が注目されている?
ここでは、なぜ水素社会が注目されているのかを解説するとともに、「水素とは何か」「水素社会とは何か」という予備知識を簡単に解説します。
水素とは?
水素は、地球に存在する中で最も軽い気体です。
水素原子(H)が2つ結びつくことで生成され、化学式ではH2として表示されることを学校で学んだことは記憶されている方も多いでしょう。
地球上では、水素原子は様々な元素と結合して存在しています。
その代表が水であり、その他の物質は石油やガスなどの化石燃料、アルコール類などです。
地球上のさまざまな物質に水素原子(H)が含まれているため、多くの物質を資源として水素(H2)を生成することができます。
その中でも、最も簡単な水素の生成方法は「水の電気分解」です。
水(H2O)に電気を流して水素(H2)と酸素(O2)に分ける方法で、海水からも水素を生成することができます。
他にも、さまざまな方法で水素を生成することができます。
また、水素のもう1つの特徴は「燃える」ということです。
これも学校の理科の授業で、試験管を使った実験を記憶されている方も多いでしょう。
この「燃える」という性質があるために、水素をエネルギーとして利用できるのです。
水素社会とは?
水素社会とは、私たちが今まで行ってきた日常生活や経済活動などを、水素をエネルギー源として行うというシステムが定着した社会のことです。
例えば、自動車・鉄道・船舶など移動や輸送の動力源として使ったり、発電のエネルギー源として使ったりします。
自動車では既にトヨタ自動車の燃料電池車「MIRAI」や、燃料電池バス「SORA」が実用化されています。
燃料の補給は、水素ステーションによって行います。
鉄道や船舶でも、実用化に向けて開発が進行中です。
発電には、燃料電池として直接電気を発生させる方法と、従来の火力発電設備を使用して水素を燃焼させる方法があります。
水素ステーションについては、こちらの記事も参考にして下さい。
水素社会が注目されている理由
水素社会が注目されている理由はおもに2つあり、1つは環境にやさしいという点です。
水素をエネルギー源とする場合は、燃焼しても水が発生するだけなので、CO2や有毒な排ガスなどが発生しません。
現在の日本で使用されているエネルギーは、依然として石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料が高い割合を占めています。
「環境エネルギー政策研究所」の統計によると、2022年度の化石燃料による年間発電電力量の割合は約72.4%と、前年の71.7%から増加しました。
近年の世界的な脱炭素化の流れを受け、CO2を排出しない水素がエネルギー源として注目されるようになったのです。
水素社会が注目されているもう1つの理由は、エネルギー源として確保しやすい点です。
先述のように、水素はさまざまな物質を資源として生成できます。
周囲を海に囲まれ水資源が豊富な日本は、水素を国内で製造することが容易です。
海外からの輸入に依存している化石燃料と違って、国際情勢などに影響される燃料調達リスクを大きく減らせます。
水素エネルギーは、日本のカーボンニュートラル実現への切り札とも言われているのです。
カーボンニュートラルについては、こちらの記事も参考にして下さい。
水素社会のメリット
水素社会には、おもに次の4つのメリットがあります。
- CO2を排出しない
- 国内で大量生産できる
- 電気と熱の2種類のエネルギー源となる
- タンクに貯蔵できる
以下で、それぞれの詳細を順に解説します。
CO2を排出しない
水素は燃焼してもCO2を排出しないので、環境にとてもやさしいエネルギーです。
ちなみに、燃料として使用される水素は、製造過程によっておもに次の3種類に分類されます。
引用:資源エネルギー庁
特に、再生可能エネルギーからつくる「グリーン水素」は、製造過程でもCO2を発生しないため、環境保護の目的として理想的なエネルギーです。
国内で大量生産できる
水素は国内で大量生産できるため、化石燃料のように国際情勢に影響されることがなく、エネルギー確保の安定につながります。
海外に大きく依存する化石燃料と違って、日本は周囲を海に囲まれているうえに、気候も湿潤なため、水資源には恵まれています。
国内各地の地域ごとに水素を生産し、その地域で水素を消費する地産地消にもつながるので、地域経済の活性化にも貢献できるのです。
電気と熱の2種類のエネルギー源となる
水素をエネルギーとする燃料電池は、電気と熱の2種類のエネルギーを発生させるため、エネルギーの利用効率が高いこともメリットです。
エネルギー源にとって、効率の良さは非常に重要な要素であり、水素はこの省エネ効果の高さを活かしてさまざまな用途に使用されるポテンシャルを秘めています。
タンクに貯蔵できる
製造された水素は、すぐに消費しなくても、タンク等に貯蔵できることもメリットです。
電気の場合も蓄電池が広く普及し始めているように、近年ではエネルギーを貯めておけるということも重要な要素です。
エネルギーの需要と供給のバランスを保つことにつながるほか、災害時などで停電したときにも燃料電池を活用して電力の供給が行えます。
水素社会の課題
水素社会を本格的に実現させるためには、今後いくつかの課題をクリアしなければなりません。
水素エネルギーには、おもに次の3つの課題があります。
- コストがかかる
- 国民の理解が追い付いていない
- インフラの整備が不足している
以下で、それぞれの詳細を順に解説します。
コストがかかる
水素社会という今までになかったシステムを構築するには、それなりのコストが必要です。
燃料電池自体の価格も、それを搭載した自動車(FCV)の価格も、ガソリン車やEVなどと比べるとまだまだ割高なことは否定できません。
しかし、EVも最初はそうであったように、燃料電池自動車(FCV)も普及が進むにつれて価格が下がってくることが期待できます。
また、燃料としての水素の単価も現在は高価ですが、利用者が増えることによって単価の低下が進むでしょう。
国民の理解が追い付いていない
水素社会の実現のハードルの1つが、国民にまだまだ理解されていないことです。
「水素は爆発するから危険だ」というイメージを持っている人は少なくないでしょう。
しかし、水素が自然発火する温度は527℃で、ガソリンの約300℃よりもはるかに高いため、正しく取り扱えばイメージほど危険ではありません。
今後、利用者を増やしていくためには、水素エネルギーの正しい使い方を広めるとともに、利用しやすいシステムの構築も必要でしょう。
インフラの整備が不足している
水素社会の実現には、水素の製造・輸送・供給といったインフラの整備が不可欠です。
これらを担うそれぞれの業者が互いに連携し、スムーズに利用者の元へ届けられる水素サプライチェーンを構築することが、水素社会の実現に大きく影響するでしょう。
水素サプライチェーンの具体的なイメージは、以下の図に示されています。
引用:環境省
水素社会の実例
ここでは、水素社会の実現を目指した取り組みの実例を2つご紹介します。
福島新エネ社会構想
政府は、福島県を新エネルギー活用の拠点とする構想を進めています。
2016年に「福島新エネ社会構想」を策定し、水素をエネルギー源としてさまざまな産業のシステムを実証中です。
1つの大きな目的は、福島県で製造された水素を県内で消費する「地産地消」です。
具体的な活用例は、公共施設への電気や熱の供給・工場へのエネルギーの供給・燃料電池自動車(FCV)や水素ドローンの積極的な導入などがあります。
「福島新エネ社会構想」は、2030年・2040年それぞれを目途とした達成目標が掲げられている長期的な構想です。
参考:資源エネルギー庁
神奈川県・横浜市・川崎市の取り組み
横浜市・川崎市の臨海部に位置する京浜工業地帯では、トヨタ自動車株式会社が自治体と協力して燃料電池フォークリフト導入の実証を行いました。
使用する水素は、風力発電をエネルギー源として製造したグリーン水素で、環境にとてもやさしいことが特徴です。
また、川崎市では昭和電工株式会社が実施した「水素ホテル」というプロジェクトも話題になりました。
使用済みプラスチックを燃料とした低炭素水素を製造し、ホテルの照明などの電源として利用したほか、植物工場のLED点灯にも利用されました。
参考:環境省
水素社会が日本のエネルギー危機を救う
2023年度は、今まで以上に電気料金の高騰が心配されており、日本のエネルギー事情は危機的な状況にあります。
化石燃料を海外に大きく依存している現在の状態が今後も続くようでは、問題は大きくなるばかりです。
水素社会の実現は、このような危機を救う1つの切り札となるでしょう。
すぐには結果が出ないでしょうが、長期的な視点で見ることが大切です。
水素社会の実現に期待しましょう。